『自由とは選択である』・・・・・・・自由とは楽しいものではなく、選択の責任である。楽しいどころか重荷である。それは、自らの行動と社会の行動にかかわる選択の責任でもある。(P.Fドラッカー) 何やら今日も難しそうな話の予感がしますね。本当、朝からすみません。 今日のテーマは大事なことなので、殊更ゆっくり、じっくり読んで下さい。今日の話は、2度3度読み返さないと分かりづらいかもしれません。
高校時代にも『自由』と『権利』の裏側には、『義務』と『責任』がセットであることが社会の掟だと強烈に叩き込まれました。 なので、私は、自由は自らが、努力の末に勝ち取るものなのだと信じています。何かから逃げて得る権利ではなく、自ら進んで『選択する』義務が必要だとも。 人類の歴史が演じてきた『自由への道』が、それを証明していますね。 組織で発生する人間関係等の問題に悩み、判断がつかないあらゆる事象で苦しんでいる人たちにとっては、『責任ある選択ができているか?』という視点を以って、あらゆる事象を見つめ直すことが必要だと思います。 性善説ではないが、生来人の持つ良心というものは、いかなる時でも「今、なすべきことは○○だ。」と教えてくれます。その心の声に基づいて、どれだけその人が勇気ある『選択』ができるか?
『選択できる人』には必ず道が開かれるものなのです。周囲の人々は「あの人ならきっと期待に応えてくれる。」と機会を委ねてくれます。それは日常の行動から、あの人は『責任ある選択』をする人だと無意識に理解しているからです。
逆に、『選択できない人』は、いつも自分との葛藤に苦しんでいるはずです。本来やるべき事はよく分かっている。しかし、一度『責任ある選択』の道を歩み出したら、もう後に引けないことを無意識に理解しているのでしょう。
実はそういう人ほど、『自由』の本当の意味を深く理解していたりもします。マネジメントを司る私の仕事は、そんな人に『選択する』機会をどれだけ提供できるかという事かもしれません。 ただ漠然と選択する機会を提供するのではありません。責任を以って選ぶことで勝ち取れる『真の自由』と、それを選ばないことによって生じる『不自由』、2つの選択肢をまじまじとシミュレートしてもらうことが重要だと思う。
もちろん、『責任ある選択』は試練の道だ。しかし、試練の道を抜けた後には、全く新しい自由な世界が広がっているはずだ。何に依存することもなく、お互いを常に思いやり、惜しみなく力を持ち寄り、本当の笑顔をつなぐ人たちの世界。
責任を伴い選択ができる人は、機会を委ねられ、自由となり、 そして、自由な人はより多くの『自由な人』を育て始める。私は、これこそがマネジメントの醍醐味なのだと思っている。私の願いは、「出でよ!選択する者!」なのです。
やっぱり今日も難しい話になりましたが、想いの一部でも伝われば幸いです。それでは今日もよろしくお願いします。 |